会社設立の性能
絵が共有されていく段階で、画商やギャラリスト、キュレーターなどが間に入-、コレクターに見せたり展覧会をしたりして、第三者に紹介する機会をつくっていきます。
絵が人から人へと移っていく段階で、通常はお金が関わります。
マーケットでは、「いい絵だねえ」という評価が金額に換算され、世の中に出ていくわけです。
いったん社会的な価値が与えられれば、その作品が無-なる可能性は少ないはずです。
「タダ」ではない実体がそこに生まれます。
作家が死のうが持ち主が変わろうが、作品は時代を超えて確実に残っていきます。
アーティストは一歩退いて、自分を客観的に見つめる次に第二条件として、自分の措きたいものや表現したい世界を、客観的に見ることが必要です。
自分が置かれている時代や社会、歴史や文化の背景と、自分が措きたいものをすり合わせ、自分自身を批評できる能力がなければ、残念ながら、本人にとってよい絵は、本人にとってだけよい絵で終わります。
例えばいろいろとギャラリーを見て、このギャラリーだったら自分の作品を並べたい、見せたいと判断できることも大切です。
僕のギャラリーに来たこともなければ、どういう人がやっているのかも知らないで、もちろん、作品が展示されている空間を知りもしないで、資料だけを送ってくるアーティスト志願者もいます。
そういう人は、自分の位置が見えていないのだと思います。
自分が制作することだけに没頭するのではなくて、一歩退いて見てみる。
作品に対してある程度の距離感が持てないと、作品を社会化することはできません。
アーティストにとって、批判性はとても大切な要素だと思います。
村上さんはもちろんのこと、奈良さんの批判性は、動物的勘とでも呼びたいほど長けています。
彼は長くヨーロッパで活動して、言葉に苦労しながらも相当いろんな場を踏んでいるはずです。
そうして培ってきた批判性なのでしょう。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。過熟してきたアーティストの青田買いバイトをしながら作品を制作して、お金が貯まったら貸画廊で個展を開催して発表するということが、以前は多かったように思います。
賃画廊というシステムは日本独特のものです。
欧米ではほとんど見かけません。
昔は自主企画を手がける現代アートのギャラリーも少なく、マーケットの層も今よりずっと薄いものでした。
要するに発表の場が限られていましたから、自腹を切って貸画廊で発表するはかに、あまり選択肢がなかったのでしょう。
それに比べれば、少しずつですが発表の機会は増えてきています。
村上さんが主催して東京ビッグサイトなどの巨大スペースにアーティストの卵たちを一堂に集め、それぞれが有料ブースを使って作品を披露します。
「自腹で貸画廊」システムとの大きな違いは、賃画廊より出展料が安いこと、そして作品を見てくれる人の数と層です。
自腹でする展覧会では、見に来てくれる人はほとんどが知-合いではありませんか。それでは世界が広がりません。
審査員としてアーティストや美術評論家、美術館学芸員のはか、スカウト審査員としてギャラリストに作品を見せることができます。
僕も例年、スカウト審査員として参加してきました。
そのほかにも、東京都の文化政策の一環で、若手アーティストの育成を目的とした「トーキョーワンダーサイト」や、二〇〇七年には丸の内の行幸地下通路を会場とする「アートアワードトーキョ-」がスタートしました。
これは日本国内の美術大学選抜卒業制作展のようなもので、各大学の選-すぐりの作家の作品を審査します。
受賞者には賞金を授与し、今後の制作を奨励しようとする試みです。
同様、僕はこれらに企画や審査員として関わっています。
まだまだ数は少ないですが、デビュー前のアートティス-の卵たちが発表する場が確実に増えてきて、結構なことだと思っています。
ただ、同時に、「ギャラリーが付く前に作品を買ってしまおう」という若手アーティストの青田買いも増えているそうです。
青田買いも、本当にそのアーティストの作品に惚れ込んで、制作を支援するな-、投資として出資する場合ならまだいいでしょう。
しかし、ギャラリーが付いていな-、それこそ醇化したかしていないかのアーティストの卵を投機的に扱って、作品を証券のように売り買いして儲けようとする向きも、少なからずあるのではないでしょうか。
アーティストにとってもアートマーケットにとっても危険です。
日本で発表の場が増えるのはよいことですが、作品の発表の仕方や場の選択、そして誰に作品を売っていくのかという総合的な状況を批判的にとらえることは、ますます大切になってくると思います。
卒業したらギャラリーへ、それが彼らの目指す道。最近は、美大生の進路として「ギャラリーに作品を扱ってもらう」という希望が多いそうです。
まるでギャラリーに就職するかのごとく、「卒業したらギャラリーに」というのです。現に僕のギャラリーにも、「合いそうな作家がいるんだよね」と教え子を紹介してくる美術の先生たちがいます。
美大の教授が学生の進路を親身になって世話してくれるなんて、僕の学生時代を考えると夢のようです。
少子化が進んで、「美大に進学したら就職できない」と思われては大学も死活問題ですから、先生方も思案しているのでしょう。
確かにギャラリーは、アーティストにとって収入を得る場になります。
でもアーティストとはそもそも職業なのでしょうか。何かもっと大きなものに向かって表現している人であってほしいです。
展覧会によっては、作品を売ることができず、アーティストもギャラリーも収入がないこともアートます。
でも、それが自分にとって大事な作品ならば、続けることです。
時代が迫いつくこともある、ということです。
若手アーティスト近年、公募展を通して作品を発表し、デビューしたアーティストの例を紹介しておきましょう。
僕のギャラリーで二〇〇三年に初個展をした工藤麻紀子さんです。
村上さんと奈良さんアーティストはどこにいる。僕は前身である「芸術道場グランプリ」で彼女をスカウトしました。
出展者の中で一人へとても古典的なイーゼルに、リンゴの樹の絵を一点だけ置いて展示していたアーティストでした。
リンゴの樹はすごく変な絵で印象に残ったのですが、それだけでは彼女がどういうアーティストなのかとうていわかりません。
そこで、彼女のポートフォリオを見せてもらいました。
五年分ぐらいの作品に目を通してみると、今まで何を考え、何に真剣に取り組んできたか、どうやって現在の作品に辿り着いたかがわかります。
アーティストにとっての大前提である「自分にとってのよい絵」が自覚されていて、措けているかどうかが、ポートフォリオを見ればわかります。
工藤さんの作品は、題材も少女っぽいし、マンガのように見える面もありますが、彼女のように独自の色の感覚と塗り方でもって、複雑な多層空間の構成を描ける人は、なかなかいません。
絵画性が高-、歴史的な側面もあるのに、かつ新鮮な現代性も帯びている。
そしてどこか日本的な表現も見て取れる。
村上さんや奈良さんとはまた違った面白さがありました。
本人は普通の若い女の子という雰囲気ですし、作品も自分が夢で見たことや体験したこと、友達との思い出が、感情と筆先が直結して自然にポッと表れてきた感じで、そのあたりにも惹かれました。
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